2014年10月09日

戦国武将紹介・その58 〜森成利〜

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はい!
どもども!
ど〜〜もです!!

jami です(^^)
戦国武将大好きな jami であります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくない jami であります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
調べればすぐに分かることを知って驚いたり狂喜したり切なくなったりする素人です。
そう、素人なのです。
玄人様から見ましたら・・・その・・・言葉が綺麗ではないのですが・・・


ゴミです!(((o(*゜▽゜*)o)))
ゴミであります!!(((o(*゜▽゜*)o)))
ゴミブログなのであります!!!(((o(*゜▽゜*)o)))

最近 戦国武将ファンになった方に向けての内容になっているかと思われます。
なにとぞ宜しくお願いいたします!


さてさて

本日もいきましょう、あのコーナー!!
jami 的戦国武将紹介ぃ〜〜〜!!!
魅力的な戦国武将の方々を、jami 的視点で書いていきます。

そしてそしてぇ!
jami 的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。

1 ・・・ 凡庸
2 ・・・ 人並み以上
3 ・・・ 優秀
4 ・・・ かなり優秀
5 ・・・ 超かなり優秀

これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



森成利。


jami 的能力値判定
【武力】 2 ★★
【知力】 2 ★★
【魅力】 3 ★★★

はい。森成利(もりなりとし)さんです。
森 蘭丸(もり らんまる)さんと呼んだ方が分かりやすいですね(^^)
織田信長の近習であった、森 蘭丸さんであります。

いやぁ〜〜〜、有名ですね。
戦で活躍したわけでもないのに、かなり有名ですね。
お兄様の長可さんの方が凄まじい戦働きをしたのにあまり有名ではない(かな?)のに比べて、かなり有名です。

きっと蘭丸さんは、本能寺の変がきっかけで有名になったのだと私は推測しております。
だって、本能寺の変 自体が有名じゃないですか。
あの信長さんの最期のエピソードですから。
いろんないろんないろ〜〜〜んな作品に成ってるじゃないですか。
その際、十中八九この蘭丸さんも登場するワケですよ。
そして美男子なワケですよ。
女性の方々は 「 キャ〜〜〜〜☆ 」 ですよ。
「 カッコイ〜〜〜〜☆ 」 ですよ。
「 可愛い〜〜〜〜♪ 」 なワケですよ。

男性からしても 「 信長の側近だ。 」 って思うでしょう。
「 お、この作品にもあの側近だ。 」 って思うでしょう。
「 お、この作品にも。ほぅ、森蘭丸ね。覚えたぜぃ。」 ってな感じになるのでは。


そ〜〜〜んなこんなで有名になった!
・・・のではないかと、私 jami は思うワケであります(^^)


信長さんのお気に入りですしね。
信長さんが側近や諸大名に対し「自慢できる物」として、なんとこの蘭丸さん、三番目だと述べたそうです。
よほど気にいられていたようです。
まぁ、気まぐれで言った可能性もなくはないですが(^^;)

でも実際に、眉目秀麗な美少年で秀才肌だったと伝わっているそうです。



あ、これも忘れずにお伝えしておかねばなりませんね。
この蘭丸さんが信長のお気に入りだったことは述べましたが、蘭丸さんだけでなく、兄弟皆寵愛されていたようです。
最初に名をあげましたお兄様の長可さんもそうです。

この長可さんは猛将で、手の付けられない暴れ馬だったそうです。
そして幾度も軍紀違反をおかすのですが、信長さんは注意するにとどまったそうです。
あの! あの信長さんがですよ(^^;)

もちろん、兄弟そろって優秀だったから。という要素は不可欠です。
長可さんは 「 鬼武蔵 」 と呼ばれるほどの猛将で、戦働きには凄まじいものがありました。
それだけでなく、行政の方も積極的に進めていく人物だったようです。
また蘭丸さんも事務官としての働きがたいへん良かったみたいです。
能力値判定において、それほど高く設定されてはおりませんが、あくまで 「 まだ戦場での働きに乏しいから 」 との理由からでして、本能寺の変がなければ、その真価を発揮したのではないでしょうか。
とにかく、実力主義の信長さんが納得する人材なのです。


ですが、それだけが理由ではありません。

彼らの父上であった、家臣の森可成さんへの忠義に報いたいという思いがあったのではないかと、私は思います。
可成さんは信長さんの覇業に尽力するも、朝倉・浅井の軍勢に寡兵で立ち向かい、討ち死にしてしまいます。
勝てないと分かっていながらも、少しでも敵の進攻を遅らせるためにあえて戦いを挑み散っていきました。
そんな可成さんのために、せめてもの報いだったのではないでしょうか。



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



★ ★ ★ ★

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posted by jami at 09:35| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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