2014年09月18日

戦国武将紹介・その19 〜徳川家康〜

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は〜〜〜い!
どうも!
どうもです!!

jamiです(^^)
戦国武将大好きなjamiであります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくないjamiであります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
何も得るものがないとは思いますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!


さてさて

本日もいきましょう、あのコーナー!!
jami的戦国武将紹介ぃ〜〜〜!!!
魅力的な戦国武将の方々を、jami的視点で書いていきます。

そしてそして!
jami的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。
これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



徳川家康。


jami的能力値判定
【武力】 4 ★★★★
【知力】 4 ★★★★
【魅力】 4 ★★★★

はい。徳川家康(とくがわいえやす)さんです。
もはや説明の必要もありませんね(^^)
江戸260余年! 太平の世を創り上げた男!

それがぁ!!!

I! E! YA! SUu〜〜〜〜!!!

であります(^^)



「 人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず。

  不自由を常とおもへば不足なし、こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。

  堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもへ。

  勝事ばかり知りて、まくる事をしらざれば、害其身にいたる。

  おのれを責て人をせむるな。及ばざるは過たるよりまされり 」

by 徳川家康



はい。
有名な遺訓ですね。
ビジネス書や人生をよりよく生きるための書物などで、読んだことがある方もいるのではないでしょうか。
深みを感じますね。
幼き頃は母と別れ、人質の日々。
三方ヶ原の戦いで大敗し敗走した、その惨めな姿を決して忘れまいと描かせた 「しかみ象」。
苦しい経験、負けた経験。
それも大事な経験。
その苦しい経験があってこそ、厳しい時代を生き抜き、最後に勝利を掴む。

まさに家康の人生からにじみ出たような深〜〜い遺訓ですね。

しかし実はこれ・・・



偽作だってよぉ〜〜〜!!!( ´ ▽ ` )ノ

って えぇ〜〜〜!!!!!Σ(゜д゜lll)

そうなのぉ〜〜〜!???Σ(゜д゜lll)

さっき賢者Wikipedia様をのぞいたのよん( ´ ▽ ` )ノ

そしたら、こう書かれてたよん( ´ ▽ ` )ノ

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家康公遺訓家康の遺訓として

「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず。
不自由を常とおもへば不足なし、こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもへ。
勝事ばかり知りて、まくる事をしらざれば、害其身にいたる。
おのれを責て人をせむるな。
及ばざるは過たるよりまされり」

という言葉が広く知られているが、これは偽作である。
明治時代に元500石取りの幕臣・池田松之介が、徳川光圀の遺訓と言われる『人のいましめ』を元に、家康63歳の自筆花押文書に似せて偽造したものである。
これを高橋泥舟らが日光東照宮など各地の東照宮に収めた。
また、これとよく似た『東照宮御遺訓』(『家康公御遺訓』)は『松永道斎聞書』、『井上主計頭聞書』、『万歳賜』ともいう。
これは松永道斎が、井上主計頭(井上正就)が元和の初め、二代将軍徳川秀忠の使いで駿府の家康のもとに数日間滞在した際に家康から聞いた話を収録したものという。
江戸時代は禁書であった。
一説には偽書とされている。

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と〜のこ〜とで〜す( ´ ▽ ` )ノ

まぁ、でも、似たようなことを家康さんご本人が仰っていたということなので、

ま、いっか( ´ ▽ ` )ノ

ってな感じです☆



さてさて

三英傑の三人目である徳川家康さん。
秀吉さんがこの世を去り、睨みを利かせていた前田利家さんもいなくなると、いよいよ天下獲りに本腰を入れます。
そして迎えた関ヶ原にて大勝利。
天下の趨勢はほぼ決定的となります。

家康自身、自分を窮地に立たせた武田信玄を尊敬し、武田氏の遺臣から信玄の戦術や思想を積極的に学んだとされる。
そういった謙虚な姿勢が、のちの天下獲りに役立ったことは想像に易い。
だがそれだけではない。

この家康さんを支えたのは、結束力が高いと評判の三河武士たち。
勝利のためには自らの命も顧みないほど勇猛果敢なことで知られている。
また譜代の家臣も多く、主君・家康のために尽力した。
彼らの協力なくしても、家康の偉業は成しえなかったことでしょう。

中でも、徳川十六神将、さらにその中でも、徳川四天王の働きは絶大なるものだった様子。
以下、賢者Wikipedia様から転載。


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酒井忠次(1527年 - 1596年)
本多忠勝(1548年 - 1610年)
榊原康政(1548年 - 1606年)
井伊直政(1561年 - 1602年)
(以上を徳川四天王、本多・榊原・井伊の3人を三傑という)
松平康忠(1545年 - 1618年)または松平家忠(1555年 - 1600年)
平岩親吉(1542年 - 1611年)
鳥居元忠(1539年 - 1600年)
鳥居忠広(? - 1573年)
大久保忠世(1532年 - 1594年)
大久保忠佐(1537年 - 1613年)
内藤正成(1528年 - 1602年)
服部正成(1542年 - 1596年)
高木清秀(1526年 - 1610年)
米津常春(1524年 - 1612年)
渡辺守綱(1542年 - 1620年)
蜂屋貞次(1539年 - 1564年)または植村家存(家政)(1541年 - 1577年)

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う〜〜〜ん・・・

正直に・・・

正直に申しましょう・・・

半分しか分からない・・・( ;´Д`)

ってオイ!Σ(゜д゜lll)

戦国武将ファンちゃうんかい!?Σ(゜д゜lll)


はい。ゴメンナサイ(^^;)
不届きなる、にわかファンでございます(^^;)
許しておくんなMASHIっ!(><)


jami的に彼らを簡潔にご紹介でっす( ´ ▽ ` )ノ


酒井忠次  宿将! 宿将筆頭!!
本多忠勝  戦国最強! 無傷の漢!!
榊原康政  知勇兼備の武士!!
井伊直政  赤鬼! 井伊の赤備え!!

松平康忠  ・・・・・。
平岩親吉  な、名前は知ってます・・・活躍は・・・( ;´Д`)
鳥居元忠  え〜〜〜と・・・ですねぇ・・・
鳥居忠広  あれ、さっきも居ませんでした? あ、ゴメンナサイ、人違いでした(><)
大久保忠世 う〜〜〜ん・・・
大久保忠佐 あれ、さっきも居ませんでした? ぱ〜と2( ´ ▽ ` )ノ
内藤正成  ・・・・・。
服部正成  服部半蔵! 鬼半蔵〜!!
高木清秀  あ・・・え〜〜と・・・
米津常春  ・・・・・。
渡辺守綱  槍の半蔵! 殿は貴方にお任せです!!
蜂屋貞次  ・・・・・ゴメンナサイ!!!



はい。
ゴメンナサイとしか言いようがありませんね(´・_・`)

と言うワケでゴメンナサイ!m(_ _)m



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



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ブログ移転しましたぁ〜( ´ ▽ ` )ノ
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甲冑はじめました(*゜▽゜*)(冷やし中華はじめました的なや〜〜つ)
posted by jami at 19:43| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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