2014年09月17日

戦国武将紹介・その14 〜本多忠勝〜

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は〜〜〜い!
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jamiです(^^)
戦国武将大好きなjamiであります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくないjamiであります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
何も得るものがないとは思いますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!


さてさて

本日もいきましょう、あのコーナー!!
jami的戦国武将紹介ぃ〜〜〜!!!
魅力的な戦国武将の方々を、jami的視点で書いていきます。

そしてそして!
jami的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。
これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



本多忠勝。


jami的能力値判定
【武力】 5 ★★★★
【知力】 2 ★★
【魅力】 2 ★★

はい。本多忠勝(ほんだただかつ)さんです。
戦国最強と噂される武将です。
なんとこの忠勝さん、戦場にて只の一度も傷を負ったことがないのです。
只の一度も。
生涯において57回もの戦に参加して、只の一度も、である。

手には天下三名槍の一つ 『 蜻蛉切 』 。
穂先に止まった蜻蛉(とんぼ)が真っ二つになったというほどの切れ味を持つ槍で、柄だけで6メートルほどの長さを誇る。
これを扱うは、まさに剛腕。

また常に動きやすさを重視した軽装に、肩から大数珠をさげて参陣していた。
自らが葬った敵を弔うためである。


そのあまりの強さに、
織田信長からは、「花実兼備の勇士」 と讃えられ、
豊臣秀吉には 「日本第一、古今独歩の勇士」 と称された。



主君・徳川家康の天下取りに尽力し、小牧・長久手の戦いに際しては、8万の豊臣軍に対しわずか500の兵を率いて対峙した。
秀吉の家臣たちが忠勝を討ち取るべしと進言したが、秀吉は 
「わざと寡兵で我が大軍に勇を示すのは、我が軍を暫時喰い止めて家康の軍を遠ざけるためであろう。徳川家を滅ぼした際には彼を生け捕って我が家人にすべきなり」
と忠勝を討ち取ることを禁じたほど。


徳川四天王・徳川十六神将として名高い本多忠勝はこのように多くの逸話を持っている。
いずれも武人、そして義の人であることを褒め称えるエピソードである。
身内だけでなく、敵からも称賛されるその武功と生き様は、まさに武士の鑑である。


最期のエピソードもまた、忠勝らしいものとなった。

晩年、小刀で自分の持ち物に名前を彫っていた時、誤ってかすり傷を負ってしまいます。
忠勝は 「本多忠勝も傷を負ったら終わりだな。」と家臣にこぼし、数日後に亡くなったという。



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



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posted by jami at 18:02| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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