2014年09月17日

戦国武将紹介・その12 〜井伊直政〜

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は〜〜〜い!
どうも!
どうもです!!

jamiです(^^)
戦国武将大好きなjamiであります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくないjamiであります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
何も得るものがないとは思いますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!


さてさて

本日もいきましょう、あのコーナー!!
jami的戦国武将紹介ぃ〜〜〜!!!
魅力的な戦国武将の方々を、jami的視点で書いていきます。

そしてそして!
jami的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。
これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



井伊直政。


jami的能力値判定
【武力】 4 ★★★★
【知力】 2 ★★
【魅力】 2 ★★

はい。井伊直政(いいなおまさ)さんです。
『 井伊の赤備え 』 で有名な直政さんです。
皆様、知ってますよね?(^^)

なんてね・・・

はい。知ってる方も知らない方もいますよね(^^;)
分かってて聞いてみました(^^;)
みんなが知っててくれてたら嬉しいなぁと、あり得ないこと願ってるjamiであります。

でも良いのです!
これを機に覚えてくださいませ!!
徳川四天王・井伊直政を!!!


と、いうワケで。
さっそく直政さんのご紹介です。
述べました通り、徳川軍の四天王であります。
徳川家康の天下取りに尽力した有能な四人の武将の一人であります。

特にその勇猛果敢な戦いぶりにて大活躍。
軍を率いる将でありながら、常に先陣をきって戦ったといわれる。
そのため多くの傷を負い、戦場から帰ってきたという。


ちなみに徳川四天王の残る三人は、酒井忠次・榊原康政・本多忠勝。
その中の一人 本多忠勝は、jami的に井伊直政と双璧を成す存在であります。
何を理由に? というものもありませんが(^^;)
なんとなくです(^^;)

ただ、こんなエピソード(?)があります。
かな〜〜り前の記事にも書いてありますので、まずはご紹介☆
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


2013年 9月 19日の記事を転載
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皆さん、本多忠勝という武将をご存じでしょうか?戦場で一度も傷を負ったことがない、と言われている、凄まじい人です。
戦場で怪我をしたことがないって、正に最強ですね☆真偽は分かりませんが、本当に無傷であったなら、忠勝個人の武勇が凄いというより、危険な状況にならないように戦った、ということかもしれませんね。戦術がずば抜けて秀でていたということかと。

そして井伊直政。前回ご紹介しました武田の精鋭部隊「赤備え」を継ぎし者です。井伊の赤備え!本多忠勝が軽装の甲冑で無傷であったのに対し、井伊直政は重装の甲冑でしょっちゅう傷だらけで戦から帰ったきたという話を聞いたことがあります。いつも先陣をきっていたんでしょうね(^^;)

正に猛将・井伊の赤鬼!
ちなみに戦国無双2というゲームをやった時に、井伊直政の甲冑が黒かったのが悲しかったです・・・


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転載終わり。

重装備なのにいつも怪我だらけの井伊直政。
軽装備なのにいつも無傷の本多忠勝。

二人の性質といいますか本質と言いますか、生き様のようなものが見えてくる気がします。
なんだか良いなぁ〜と思うワケですよ(^^)
何が? と問われても困るワケですが、それぞれの武将にそれぞれのスタイルがあることが、jami的には嬉しいのであります(^^)
そしてその中で、 『 対になる二人 』 を見つけると、なお嬉しくなるのです。

あ、分かりませんよね?(^^;)
私の感覚的な基準ですので、気にしないでください。


あと忘れてはならないのが、最初に書きました 『 赤備え 』!!!
井伊直政と言えば赤備え!!!
先日ブログにも書きました、武田軍の山県昌景が率いた赤い装備の精鋭部隊。
それが赤備えです。

長篠の戦いにて武田軍は敗北し、やがて武田家は終焉を迎えます。
武田家配下の者の多くを徳川が吸収。
そしてかの猛将が率いた精鋭部隊を、この井伊直政が引き継ぐこととなったのです。

井伊の赤備えの誕生です。
まだ若かった直政には不安の声、そして若いのに大任を任された不満の声があがったと言われる。
しかし!
直政は見事に赤備えを率い、山県昌景時代と比しても遜色ない活躍を見せ、周囲をうならせます。

『 井伊の赤鬼 』 とまで呼ばれ、常に戦の最前線で戦いました。


が、その勇敢さが命取りに・・・。



1600年、天下分け目の関ヶ原。
この大戦においても、直政は存分に力をふるい、勇猛果敢に戦います。
しかし鉄砲にて撃たれ負傷します。
傷が癒えぬまま精力的に戦後処理を進める直政。
戦いのみならず、生き方そのものが正に 『 イイナオマサ 』。(意味不明ですね)
やがて鉄砲傷が悪化し、破傷風にてこの世を去る。享年42歳。
関ヶ原の戦いから、二年弱しか経っていない。


その最期は、生き様を感じずにはいられません。



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



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甲冑はじめました(*゜▽゜*)(冷やし中華はじめました的なや〜〜つ)
posted by jami at 09:36| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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