2014年11月08日

西欧中世史実践研究会 アヴァロン

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は〜〜〜〜い!
どうも〜!!!
jamiです( ´ ▽ ` )ノ
戦国武将や三国志、その他もろもろソレ関係が大好きなjamiであります( ´ ▽ ` )ノ

昨日は日本アーマードバトルリ−グのご紹介をさせていただきました。
うん、良いですね(^^)
武士も良いですが騎士も良い!!
好きです。
こうゆうの大好きです。


さてさて、このアーマードバトルリーグのようなことをする団体、日本にちょくちょくあるみたいですね。
多分(^^;)
詳しくは知りません(^^;)

そしてですね、このような団体様もいらっしゃいます。


『 西欧中世史実践研究会 アヴァロン 』


このアヴァロンさんも、アーマードリーグのような甲冑バトルをやられるのですが、とても紳士的な印象を受けます。
アーマードリーグは相手を倒すまでボコスカ殴り合うのですが、アヴァロンさんの場合は、対戦相手の一撃がクリーンヒットしたと自分が判断した時点で勝負ありとなります。
自分で、というのがポイントです。
つまり、自分が 「 今のは効いてないない 」 と言えば負けにならないのです。
しかしそこは紳士。
公正なる判断を自分に問うわけであります。
ガチバトルも熱いですが、こうゆうのも熱いです。
(あ、正確なルールはアヴァロン様にお聞きくださいませ(^^;))

そしてですね、対戦前にお互い礼をするのですが、その対象は対戦相手だけではないのです。
敬愛するレディーにも礼をするのです。
いやぁ〜〜、シビレましたね(((o(*゜▽゜*)o)))


実はですね、私、アヴァロンさんをYouTubeで知ってファンになり、実際にイベントを観に行ったことがあるのです(^^;)
はい。観に行っちゃいました(^^;)
その時にあの礼のことも知って Wao!(((o(*゜▽゜*)o)))
って思っちゃいました。

そしてですね、シビレたことがまだあります。
騎士様たちが何人か登場され、バトルを展開されてましたが、名前がだいたい、 「 ロード・●● 」 といった感じなのですが、中には 「 レディー・●● 」 といった騎士様もいらっしゃいました。

・・・え!? もしかして、女性!!?Σ(゜д゜lll)


そして戦いが終わり、その方が兜を外しましたら・・・


・・・女性でした。

綺麗な方でした。


もしかしたら、甲冑を着ていたため、そのインパクトによりポイント(?)が高く評価された可能性もあるのですが(^^;)
しかし、綺麗な方でありました。

「 綺麗に見えただけでナイ?(´・_・`)」

ってなツッコミは無しよん( ´ ▽ ` )ノ


その女性騎士様の許可をいただき兜を持たせていただいたのですが、これまた重い!!!
これを被ってヤローどもとボコスカ殴り合っていたとは・・・

すげぇ〜ぜ(((o(*゜▽゜*)o)))

なんだかキュンキュンしてしまったjamiであります(//∇//)


って何の話やねん(´・_・`)



本日も当ブログを読んでくださり、誠にありがとうございます(^^)

ではまた〜



★ ★ ★ ★

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posted by jami at 10:16| Comment(0) | 西洋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三国志 登場人物紹介・その40 〜于禁 文則〜

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どうも!
ど〜〜もです!!

jami です(^^)
戦国武将や三国志が大好きな jami であります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくない jami であります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
調べればすぐに分かることを知って驚いたり狂喜したり切なくなったりする素人です。
素人でございます。


大いなる物語(?)・三国志を jami 的視点で語らせていただきます。
が、大した内容はございません。
最近 戦国武将・三国志ファンになった方に向けて、入門書の前の入口だと思って読んでいただけましたら幸いです。

「入門書の前の入口」 って、どれだけ内容薄いんだってな感じですが(^^;)

なにとぞ宜しくお願いいたします!


ではでは

今回もいきましょう、あのコーナー!!
jami 的三国志・登場人物 紹介ぃ〜〜〜!!!
三国志に登場する魅力的な方々を、jami 的視点で書いていきます。

そしてそしてぇ!
jami 的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。

1 ・・・ 凡庸
2 ・・・ 人並み以上
3 ・・・ 優秀
4 ・・・ かなり優秀
5 ・・・ 超かなり優秀

これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



于禁 文則。


jami 的能力値判定
【武力】 3 ★★★
【知力】 2 ★★
【魅力】 2 ★★

はい。于禁 文則 (うきん ぶんそく)さんです。
曹操軍の名将であります。
あります・・・が!

最後の最後に汚名を残すこととなってしまいます。
219年、樊城の戦いの時のことであります。
関羽に攻撃された樊城の曹仁軍を救うため、于禁は兵を率いて援軍に向かいます。
しかし思いもよらない水害により、援軍どころではなくなってしまいます。
そしてやむなく関羽に降伏します。

今まで多くの武功を挙げてきたにも関わらず、ここで大きな失態をおかしてしまったわけです。
しかもこの時、于禁とともに捕らわれた龐徳は降伏を拒み処刑されております。
これが余計に于禁の印象を悪くさせてしまっています。

やがて戦は決着がつき、于禁は魏へと帰還するのですが、辱めを受けたことがきっかけで気を病み、最期は憤死してしまいます。
なんとも・・・なんとも切ない最期です。

確かに、多くの兵とともに降伏する行為は、自国・自軍にとって大きな損害であり、主君・仲間・祖国への裏切り行為と言われても言い訳は出来ないでしょう。
しかしながら、勝算を失った状態となってしまっては致し方ないとも思います。
それこそ犬死であり、自分のみならず多くの兵まで道連れにしてしまうことになる。
そうなるぐらいであれば、降伏した方が賢明な判断である気がします。

平和ボケと言われようが、やはりそう思います。


そしてですね、この一件のみで于禁さんの評価を下げるのは納得が出来ません。
名将ですよ、名将!
たくさん武功を挙げた方なんですよ!
例えば・・・



えぇ〜〜〜、例えば・・・



うむ。


ぶっちゃけ知らん!(´・_・`)

って知らんのかい!?Σ(゜д゜lll)

うむ。知らん!(´・_・`)
知ってることは、たくさん武功を挙げた名将で、最後の樊城の戦いで降伏して評判落としたってことしか知らん(´・_・`)


と、いうワケで調べてみました( ´ ▽ ` )ノ
今さらだけど于禁さんのこと調べてみました( ´ ▽ ` )ノ


・・・ぬ! ぬぬ!! ぬぬぬ!!!

于禁さん大活躍してるじゃないですかぁ!!!???Σ(・□・;)
張遼さんのような派手な働きではないけど、毎度毎度の戦にて兵を率いて戦ってるぅ〜!!!
楽進さんとはまた違った感じでいぶし銀!
とくに張繍との戦いが熱い。
張繍の反乱によって曹操軍が大混乱に陥った時、于禁だけが手勢数百を率い、戦いながら退却したため、死傷者は出たものの離散者は出さなかったとのこと。
敗走してる時が一番被害が出るそうですから、この活躍はポイント高いですよ!


官渡の戦いもヤバい!熱い!!
以下、賢者・Wikipedia様から転載
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


************************************
 

建安4年(199年)(「武帝紀」)、曹操が袁紹討伐のため官渡に向かう(官渡の戦い)と、于禁は先陣を務める事を自ら望んだ。

そこで于禁に延津を守備させて、曹操は軍勢をまとめて官渡に引き揚げた。

劉備が徐州で叛逆したので、曹操は劉備を征討した。

袁紹が于禁を攻撃したが、于禁の守りは堅く、袁紹は陥落させることができなかった。

于禁は楽進らとともに歩・騎兵5000人を率いて袁紹の別働隊を攻撃し、延津の南側にある汲・獲嘉の県にあった袁紹の別陣30余箇所を焼き払い、敵兵1000人を討ち取り1000人を捕虜とし、袁紹軍の何茂・王摩ら20余人を降伏させた。

曹操は于禁に別軍を率いさせて原武に駐屯させ、杜氏津の袁紹の陣を攻撃した。

裨将軍に昇進した後、官渡に帰還した。

曹操は土山を築いて袁紹と対峙していたが、袁紹に矢を射込まれ多数の死傷者が出て、将兵の士気が下がっていた。

ところが、于禁が土山の守備を指揮し奮戦すると、士気を盛り返した。

袁紹を破った後、于禁は偏将軍に昇進した。


************************************


以上、転載終わり。


ふひゃぁ〜・・・こんな方だったんですね。
ゴメンナサイ、降伏したことしか知らなくて( ;´Д`)
印象がガラリと変わりました。


でも、やっぱり今一番思うのは・・・

于禁さんが降伏してくれたおかげで助かった人が大勢いたこと。
そして、今も彼らの子孫が生きているであろうこと。
それが何より大事なこと。
そんな気がします。



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



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