2014年10月06日

戦国武将紹介・その51 〜丹羽長秀〜

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はい!
どもども!
ど〜〜もです!!

jamiです(^^)
戦国武将大好きなjamiであります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくないjamiであります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
何も得るものがないとは思いますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!


さてさて

本日もいきましょう、あのコーナー!!
jami的戦国武将紹介ぃ〜〜〜!!!
魅力的な戦国武将の方々を、jami的視点で書いていきます。

そしてそしてぇ!
jami的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。
これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



丹羽長秀。


jami的能力値判定
【武力】 3 ★★★
【知力】 3 ★★★
【魅力】 3 ★★★

はい。丹羽長秀(にわながひで)さんです。
武将好きの方でしたらおそらくご存じかと思いますが、興味のない方でも名前ぐらいは聞いたことがあるかも知れません。
あの三谷幸喜さんの映画 「 清須会議 」 にも登場し、なかなかの存在感を放っておりましたね。

この丹羽長秀さん、織田家の重臣であります。
織田家中には 「 木綿藤吉、米五郎左、掛かれ柴田に、退き佐久間 」 という風評があり、長秀さんもここに名を連ねております。
「 米五郎左 」 というのがそれで、長秀さんは五郎左衛門尉という通称であったためこの米五郎左とあります。
どういう意味かと言いますと、米のように欠かせない存在ということです。
織田家にとって、この長秀さんの役割が重要であったことを示すものであります。


安土城の普請など行政において大いに活躍し、高い能力を発揮しておりました。
また 「 鬼五郎左 」 と称されるほどの戦上手だったようで、猛将と呼んでも過言ではないかと思われます。
このように、行政・軍事両面に秀でた有能な武将だったようです。

正直 私jamiめも、能力値を設定するにあたり、迷いました(^^;)
【武力】【知力】 ともに、4をつけても良いのではないか・・・と。
まぁ、結局 3にしましたけどね(^^;)



そして忘れてはならないのが先に挙げました 「 清州会議 」 です。
信長なき後の織田家を、ひいては日本の行く末を左右したこの場においても、長秀さんは強く影響を与えております。
柴田勝家・羽柴秀吉・池田恒興、そしてこの丹羽長秀さんがこの清須会議に出席しました。
そこで柴田勝家と羽柴秀吉が対立。
長秀さんとしては織田家の古株として、勝家側につきたかったのかも知れません。
が、結果として秀吉側につきます(正確には秀吉が擁立せんとする三法師)。


この丹羽長秀さんの現在の評価ですが・・・どうなんでしょうね(^^;)
どうと言いますのは、高いのか低いのか?
知名度があるのかないのか?
なかなかに評価され、なかなかに有名。
しかしながら、やはり・・・なかなか・・・といった域にある・・・のか???
といった印象が、個人的にはあります。


確かに方面軍司令の地位こそ持ってはいませんでしたが、それはそれ。
各方面に遊撃軍として参加しておりますし、やはり織田軍にはなくてはならない存在だったのではないでしょうか。


「 米五郎左の名は、伊達じゃない! 」


と、アムロ・レイ風に言いたくなったjamiであります(^^)
・・・あ、分かります? このネタ??

分かる方だけ分かっていただければ満足であります( ´ ▽ ` )ノ



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



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posted by jami at 11:16| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

方面軍司令官 柴田勝家・明智光秀・羽柴秀吉・滝川一益・神戸信孝

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ど〜〜もっ!どもども!!
ど〜もで〜〜〜す!!!
jamiです(^^)
戦国大好きなjamiです。
本日も当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます(^^)

このブログは戦国好きな、それでいて素人なjamiが綴ります自己満ブログでございます☆
戦国武将にまつわる えとせとらをjami的視点で書かせていただきます♪

ただし!
内容は薄〜〜いです( ;´Д`)
素人です!(;´Д`A
素人なのです(><)
ちょっと調べれば分かることを発見して胸躍らせたり衝撃を受けたりしている、そんな奴が書いてるブログですので、玄人様から見ましたら大変に・・その・・ぶっちゃけゴミのような( ´ ▽ ` )ノブログでございます。

はい。ゴミです。ゴミブログです( ´ ▽ ` )ノ
それを最初にお伝えさせていただきます!

ご了承くださった方のみ読んでくださいな( ´ ▽ ` )ノ



では、今回のテーマはこちら!

『 方面軍司令官 柴田勝家・明智光秀・羽柴秀吉・滝川一益・神戸信孝 』


はい。今回は織田軍の方面軍司令官についてです。
玄人様におきましては説明の必要もないことですが、戦国ファン初級者の方々へ向けまして、改めてご説明させていただきます。

織田信長は短期間に、怒涛の勢いで領土を拡大していきました。
それは同時に、敵対勢力を増やすことにもなりました。
四方八方が敵だらけ、といった状況です。
こうなると、信長一人の采配だけでは対応が難しくなり、ある程度独自の判断が下せるポジションを設けました。
それが方面軍司令官であります。

あぁ・・・熱いですね、この響き(^^)
方面軍司令官。
良い響きです(^^)


そのメンバーですが、柴田勝家・明智光秀・羽柴秀吉・滝川一益・神戸信孝といった顔触れです。
ちなみに大阪方面軍司令官というのもありましたが、途中で消滅してしまいました。
どなたが司令官だったかといいますと、佐久間信盛さんです。
この名前を聞いてピンときた方もいらっしゃるかと思われます。
はい。そうです。
消滅した理由は、この佐久間信盛が追放されたからであります。

では、ひとりづつ簡単にご説明させていただきます。


【 柴田勝家 】

柴田勝家(しばたかついえ)。
織田軍きっての猛将であります。
北陸方面軍総司令官を任され、加賀国を平定せんと尽力します。
やがて加賀一向一揆を制圧し、さらに能登国・越中国にも進出を果たします。
なおこの方面には強豪・上杉がおり、大きな壁として立ちはだかりました。


【 明智光秀 】

明智光秀(あけちみつひで)。
頭脳明晰にて戦にも長ける名将。
畿内方面軍司令官として活躍します。
高い功績をあげ、近江のみならず丹波も領地として得る。
ここは東海道と山陰道の付け根に当たり、京に繋がる街道でもあります。
このことから、信長から高い評価と信頼を得ていたことが窺われるが・・・後に彼は主君・信長を討つこととなる。


【 羽柴秀吉 】

羽柴秀吉(はしばひでよし)。
信長亡きあとの天下をとる、後の豊臣秀吉。
出自は農民であったと言われ、日ノ本一の出世頭と呼ばれます。
「 人たらし 」 の異名を持ち、多くの者を味方につけました。
中でも、竹中半兵衛・黒田官兵衛は天才軍師として、秀吉の快進撃を後押しした。
中国方面軍司令官を任され、大国・毛利との戦いに尽力しました。


【 滝川一益 】

滝川 一益(たきがわかずます)。
織田家の重臣で、信長から厚く信任された一人であります。
「先駆けは滝川、殿(しんがり)も滝川」と称されるほどの戦上手で、織田四天王の1人として数えられました。
また鉄砲の名手でもあり、百発百中の腕前を披露することにより信長に召抱えられたという話があります。
武田討伐と関東鎮定に尽力しました。


【 神戸信孝 】

神戸信孝(かんべのぶたか)。
信長の三男で、伊勢中部を支配する豪族・神戸氏を継いだため神戸信孝と名乗る。
当時の史料によれば、「思慮あり、緒人に対して礼儀正しく、また大なる勇士である」 と記されており、また信長の息子たちの中で一番容貌が父に似ていたとも言われます。
しかし本能寺の変が起こり、家臣であった秀吉が台頭。
それに対抗するも及ばず、自害することとなる。


う〜〜〜〜ん、運命はなんとも予測し難いものですね。
この織田軍内の隆盛に留まらず、各地でこういった追い風・向かい風に翻弄された方々がいたのでしょうね。
戦国ロマンと一言で片づけきれない感情が残ります・・・



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございます(^^)

ではまた〜



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