2014年10月02日

戦国武将紹介・その45 〜直江兼続〜

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戦国武将大好きなjamiであります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくないjamiであります!( ;´Д`)

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何も得るものがないとは思いますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!


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魅力的な戦国武将の方々を、jami的視点で書いていきます。

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これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
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本日はこの方ぁ!!!



直江兼続。


jami的能力値判定
【武力】 3 ★★★
【知力】 4 ★★★★
【魅力】 4 ★★★★

はい。直江兼続(なおえかねつぐ)さんです。

「 愛 」 の人ですね(^^)

は? って感じですね、ゴメンナサイ。
この直江兼続さん、自分の兜の前立てに 「 愛 」 という字をつけておりました。
歴史に興味のない方も見たことがあるかも知れません。
大河ドラマ 「 天地人 」 の主人公として活躍しておりました。
確か、妻夫木聡さんが兼続役を演じてらっしゃったかと思います。


ただ、実は私、この兼続さんのこと・・・


詳しくないんですぅ〜〜〜〜!!!!!!(T_T)(T_T)(T_T)

「 天地人 」 もほとんど観たことないんですぅ〜〜〜〜!!!!!!(T_T)(T_T)(T_T)


はいゴメンナサイ申し訳わけワケぇ〜〜〜!!!
詳しくないし作品もあまり観てないですですぅ〜〜〜〜!!!

が、ふと思い出したので書いてみようかと思った次第です。
いやね、私は詳しくないけれど、実はファンの方が多いのではと思いまして。
ならば私も無知のままではいかんかなと、思いまして。



とりあえず現状の私は、ゲームでしか直江兼続さんのことをイメージできません(^^;)
戦国無双2 であります(^^;)
では彼の印象を箇条書きにて☆


●イケメン

●上杉謙信の家臣

●真田信繁(幸村)と仲が良い

●兜がやや縦長

●色的には、白

●いつまで経っても若いまま



hahahahaha・・・(^^;)

苦笑いですね(^^;)

戦国武将ファンが聞いて呆れますね(^^;)



なんと言いますか、「そんだけかいっ!?」「まさにゲームオンリーからの情報源」 ですね。
と、いうワケで、ちょっとばかし検索してみました。

そしたらば賢者Wikipedia様が、

「時の天下人豊臣秀吉の信任を受け秀吉はこの日本で最も政治が行える武将の一人であると評価された因みにもう一人は西国大名の小早川隆景である。」

と申されました。

へぇ〜〜! 凄い!!Σ(゜д゜lll)
秀吉さんがそこまで評価していたとは!?
小早川隆景さんと同格ですと!???( ;´Д`)
あの毛利の智将と同格とは、いやはや、恐れ入りました。


また、賢者Wikipedia様はこのようにも仰いました。

「『最上記』によると、長谷堂城の戦いの撤退戦での直江兼続の采配振りを「古今無双の兵」と評している。」

おぉ〜〜〜! ちょっと意外(;゜0゜)
戦に関しては、そこまで力量はない印象でしたので。
とか言いつつ、もともと知識がないのに失礼極まりないですね(><)
ゴメンナサイ!(><)



またまた賢者Wikipedia様からの転載ですが、気になるものがあったのでご紹介いたします。

「兼続の死後、主君を誤らせ石田三成と結んで徳川家康に刃向かい、上杉家を窮地に陥れた奸臣とされていたが、米沢藩第9代藩主の上杉鷹山が兼続を手本に藩政改革を行なったことから次第に再評価が高まった。」

う〜〜〜〜ん、そうなんですよねぇ・・・
その方の評価って時代によって変わるんですよねぇ・・・


その時代、それぞれがそれぞれの考えに従って行動して、その結果、戦に勝ったり負けたり、国を獲ったり獲られたり。
もっと言うと、歴史書に残らないような方々がもっともっと沢山いて、いろいろ考え苦悩したり歓喜したりして生きて、そして死んで。

願わくば、「必死に生きた方は皆、評価するに値する」 。
そうゆう心持ちで在りたいです。
そして、「本当は敵も味方もない」 「いろいろあるけど、それはそれ。これはこれ」
といった感じで、あの時代に生きた、すべての人が評価されて欲しいです。


何が言いたいかよく分かりませんよね(^^;)
スイマセン(^^;)
つまり、

「あの武将は好きだけど、あの武将は嫌い。」
「あの武将は義に厚く良い人だけど、あの武将は裏切りまくるから悪い人だ。」
「武将は好きだけど、農民は興味ない」

って思いがあっても全然良いけど、根本的な部分では、その存在を認めて欲しいということです。

あぁ・・・全然分かりませんよね(^^;)
ゴメンナサイ(^^;)


直江兼続さんのトレードマーク 『 愛 』 を考えておりましたら、ふとこんな思いがわいてきて、こんなこと書いてしまいました(^^;)



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



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戦国武将紹介・その44 〜太原雪斎〜

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太原雪斎。


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【武力】 3 ★★★
【知力】 5 ★★★★★
【魅力】 4 ★★★★

はい。太原雪斎(たいげんせっさい)さんです。
ご存じでしょうか、この雪斎さんのことを。
歴史好きな方でしたらおそらく多くの方がご存じでしょうし、そうでない方でしたら殆ど知らないことでしょう。
メジャーだけどマイナー、マイナーだけどメジャー。
そんなポジションかと思われます。
非常に多いですね、その位置の戦国武将さんが(^^;)


さて、この太原雪斎さんですが、私の大好きな今川義元さんの軍師でありました。
僧でありながら軍略にも長けている、BUTTONNDA 方であります。
毛利家に仕えた安国寺恵瓊さんも、このBUTTONNDA 方の類ですね。
戦国時代ですからね、僧侶といえど戦に関与するワケであります。

恵瓊さん同様この雪斎さんも外交能力が高く、武田信玄・北条氏康・今川義元という大物たちが一堂にかいした善徳寺にて、甲相駿三国同盟(こうそうすんさんごくどうめい)を締結させます。
いやぁ〜、凄いですね。
いろいろと諍いのある三国の主を一か所に集めることが出来るなんて。
それだけでも凄いです・・・と言いつつ、これは後世の創作である説が有力らしいです(^^;)
残念(^^;)

が、三国同盟を成立させたのは事実で、雪斎さんの外交能力の高さが窺えます。


さらにこの雪斎さんの有能なところは外交ばかりではありません。
軍事に関しても長けております。
僧侶なのに・・・(^^;)

この雪斎さんが亡くなって間もなく、今川義元は桶狭間の戦いで織田信長に敗れて討たれてしまうのですが、もし雪斎さんが生きていたら勝っていたのではないか。
と考える現代の歴史家や作家は非常に多いそうです。


そしてですね、これけっこう重要なのですが、あの徳川家康の学問・軍学の師とする説があります。
幼き日の家康は今川家にて人質として過ごしておりました。
その時にいろいろと教授されたそうな。
異論・反論も多いのですが、個人的には支持したいですね(^^)

なんだか戦国ロマンな感じですから(^^)


あぁ・・・なんだか 「 センゴク外伝 桶狭間戦記 」 を読みたくなってきました。
ので、今から読みます(^^;)



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



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戦国武将紹介・その43 〜大谷吉継〜

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大谷吉継。


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【武力】 3 ★★★
【知力】 4 ★★★★
【魅力】 4 ★★★★

はい。大谷吉継(おおたによしつぐ)さんです。
義に生きた知勇兼備の名将です。
吉継さんの活躍は、関ヶ原の戦いが一番メジャーでしょうかね。
もっと言いますと、圧倒的不利な状況であったにも関わらず、石田三成との絆(?)を優先し西軍についたということ。

もともとは西軍につく気はなく、家康に対して挙兵すると言われた際も、「無謀だ。絶対に勝てないからやめておけ。」 と答えている。
しかも三回も(^^;)
絶対に絶対に絶対に勝てないから!!!( ;´Д`)・・・と。
それでも退かない三成。
三成の覚悟を知って、吉継も覚悟を決めます。

そして、ただ味方になっただけではありません。
戦をするなら勝機がなければいけない。
このままでは豊臣方の諸将も家康側についてしまうから、毛利輝元か宇喜多秀家を総大将にすることを進言し、三成もこれを実行する。

ぶっちゃけると、

「お前は嫌われてるから、総大将には向かん。」

と言ったワケです(^^;)
腹を割ってここまで言える仲なんですね。



ちなみに、皆様は吉継さんのビジュアルは思い浮かびますでしょうか?
武将好きな方でしたら思い浮かぶかと思われますが、白い布で顔のほとんどを隠しておりますよね。

・・・よね?って言われても知らない方は 「・・・はぁ・・・」 って感じですね(^^;)

まぁ、隠しておるのですよ。
ですが、画像を検索してみますと、隠してるのと隠してないのがございます。
実はこの吉継さん(実はってほどでもないのですが)、ハンセン病にかかっており、患った顔を隠すため布をつけるようになりました。

・・・と!

思っていたのですが!!!

調べてみましたら、どうも江戸中期頃までの逸話集にはこの描写は存在しないそうです!!!Σ(゜д゜lll)Σ(゜д゜lll)Σ(゜д゜lll)



いやぁ・・・驚きました。
まぁそんなこと、よくあることなのですが、私の中の大谷吉継さんのビジュアルが・・・
そうか・・・布はつけてなかったのか・・・

なんだか残念です。

しか〜〜〜し!
想像は自由ですので、私の中では引き続き 「包帯イケメン」 の吉継さんのままとしておきます(^^)
って包帯??
って顔隠しとったらイケメンかどうか分からんやん!?Σ(゜д゜lll)

てな感じですがいいのです(^^)
これもまた戦国ロマンなのです(^^)
好きなように解釈する!
それが戦国ロマン!!!



さて

では最後に、賢者Wikipedia様からの転載文をご紹介したいと思います。
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


************************************


吉継が「義に厚い名将」として名を広く残した理由は関ヶ原における壮烈な活躍にある。

西軍は日和見や裏切りが相次いだのに対し、吉継とその軍のみは寡兵ながらも最後まで奮戦して吉継は自害した。

同時代の神龍院梵舜も吉継の死に感銘を受けたためか、小早川秀秋の裏切りと共に吉継が自害するまでの記録を梵舜日記に詳細に書き記している。

関ヶ原における大谷軍の奮戦は目覚しく、「士卒皆其恵に懐き、敢て離反する者なし、其敗るるに及びて、決然として自屠し、陵辱を受けず、人皆其智勇に服せり」とあるように、大谷軍は一人も戦線から離脱せずに吉継の指揮に従って勇猛に戦ったという。


************************************



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

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戦国武将紹介・その42 〜斎藤道三〜

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斎藤道三。


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【武力】 3 ★★★
【知力】 4 ★★★★
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はい。斎藤道三(さいとうどうさん)さんです。
道三さん。道SUNSUN!
燦々と輝く陽があたる道を進みし者であります。
はい、ウソです。

「 美濃の蝮 」 と呼ばれ恐れられた梟雄でございます。
下剋上により戦国大名にまで成り上がった代表人物の一人です。
なお近年では 『岐阜県史』 編纂の過程で発見された古文書 「六角承禎条書写」 によって、美濃の国盗りは道三一代のものではなく、父子2代にわたるものではないかという説が有力となっているそうです。


そうそう、「 国盗り物語 」 。
これを知らねば、道SUNSUNを知ったことにはなりません!
かの有名な小説家・司馬遼太郎 先生が書かれた小説で、映画化までされております。
この作品にて、道SUNSUNの活躍が描かれております!


しか〜〜〜し!
私は読んだことありません!!(´・_・`)
映画も観たことありません!!!(´・_・`)
って言うかこれ、司馬遼太郎 先生の作品だったのね?( ´ ▽ ` )ノ
って言うかこれ、信長さんの話かと思ってた( ´ ▽ ` )ノ
道SUNSUNの話だったのね( ´ ▽ ` )ノ


ってアホかぁ〜〜〜〜!!!!!!Σ(゜д゜lll)

どこが戦国ファンじゃぁ〜〜〜〜!!!!!!Σ(゜д゜lll)

って道SUNSUNって誰じゃぁ〜〜〜〜!!!!!!Σ(゜д゜lll)



・・・てな感じですね(^^;)
ゴメンナサイ。
本当に無知なのです(^^;)
一応好きなので自分なりには調べたりもするのですが、やはり素人の域でして(^^;)
大目に見ていただけましたら幸いですm(_ _)m



では気を取り直しまして。
私の中で道三さんの印象を語りますれば、「 若き日の信長の物語に登場する人物 」 となります。
けっこう出てくるんですよね、信長さんの作品に。
しかも若い頃。
結婚する前後ですね。
はい、ご存じの方も多いとは思いますが、この道三さんの娘こそ、信長さんの正室である 帰蝶 さんであります。
濃姫さんのことですね。

濃い姫?

なぜに濃姫? と思ったりしてましたが、美濃国出身の高貴な女性という意味だそうです。
したがって信長さんに嫁いだ後につけられた呼び名のようです。

そんなこんなで信長さんとは親戚同士で、周囲から 「うつけ者」 と呼ばれ侮られていた彼の実力を見抜き、娘を嫁がせたと言われております。
さすがに洞察力がおありですね。
下剋上を成功させただけのことはありますね。



ところが、その道三さんもまた、下剋上により果てることとなります。
息子である斎藤義龍が謀反を起こし挙兵。
長良川河畔での激戦の末、討ち取られます。

因果応報・・・なんでしょうかね。
実は本当の親子ではなかった。
とか、本当の親子ではないと吹聴され、それを真に受けた(どちらか、もしくは両者が)。
など、いろいろな陰謀説があるようですが、下剋上により命を落としたことは確かですね。

う〜〜〜〜ん、いろいろと思うところがございます。



そんな波乱万丈の道三さんですが、地元・岐阜では愛されており、毎年4月上旬には 「道三まつり」 というイベントが開催されています。
岐阜のまちづくりに貢献してくださった道三さんの遺徳を偲び、多くの人がつめかけ賑わいを見せます。
誰の人生にも愛憎がありますよね。
人生を全うしたなら、たとえそれがどんな人生であっても、祝福と感謝をささげたいものです。

それが出来る人間でありたいです(^^)



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