2014年09月27日

戦国武将紹介・その34 〜毛利良勝〜

IMG_6442.jpg
新ブログはコチラ
↓ ↓ ↓ ↓
戦国クリエーター・jamiの
『 甲冑ファッションコーディネート 』
http://jaminism.hatenablog.com/entry/2018/01/18/000000
___________________


はい!
ども!
ど〜〜もです!!

jamiです(^^)
戦国武将大好きなjamiであります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくないjamiであります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
何も得るものがないとは思いますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!


さてさて

本日もいきましょう、あのコーナー!!
jami的戦国武将紹介ぃ〜〜〜!!!
魅力的な戦国武将の方々を、jami的視点で書いていきます。

そしてそしてぇ!
jami的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。
これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



毛利良勝。


jami的能力値判定
【武力】 3 ★★★
【知力】 1 ★
【魅力】 2 ★★

はい。毛利良勝(もうりよしかつ)さんです。
毛利新助(新介とも)さんと呼んだ方が私は馴染みがあります(^^)

この毛利新助さんを知っている方は、なかなかに戦国通ですね☆
初めてこの名前を目にする方も多いかと思われます。
この毛利新助さん、織田信長に仕え、あの桶狭間の戦いにて敵将・今川義元を討ちとった方なのです。
その後は信長の側近として旗本部隊に属し、本能寺の変の際は京都に随行、信長の長子・信忠とともに奮戦の末に討死した。
といった生涯を送られております。

桶狭間以後は目立つ活躍も記録されていないのですが、なんだか好感を持っております。
こうゆう方も良いなぁ〜と。
私が新助さんのことを知ったきっかけは、例によって例の如く漫画 『 センゴク 』 です。
正確には、 『 センゴク外伝・桶狭間戦記 』 であります。
タイトル通り桶狭間の戦いを描いた作品なのですが、これに新助さんは登場します。


最近読むのを中断していたセンゴクを再び読み始め、ついに本能寺の変に至ったのですが、新助さんが再登場したのに胸が熱くなりました。

「・・・あぁ・・・間もなく死闘の末、討ち死にされるんだ・・・」

と。
この時代、新助さんは英雄だったと思います。
猛将・知将ではないけれど、一兵卒にて大手柄をたて、精鋭部隊(馬廻・黒母衣衆)として活躍する。
足軽たちの憧れの的だったのではないでしょうか。


今回表記しました能力値判定にて 【魅力】 を 2としましたが、そういった観点に重きを置いたならば、もっともっと高い評価となったでしょう。
個人的に思うのですが、当時の人の皆が皆、名将になりたいと思っていたわけではないと思います。
上にいけばいくほど責任はどんどん重くなっていきます。
その重圧は相当なものだったかと推測いたします。
それを踏まえて鑑みるに、この新助さんのポジションこそベストだと感じる人も少なくなかったのでは?
そんなことを思ったりします。

これもまた、戦国ロマンを感じます(^^)
新助さんの生涯もまた、猛将・知将に負けないくらい魅力的で惹かれるものであります。



あぁ〜〜〜〜!!!!
なんだか熱くなってきました!!!!

と、いうワケで、近いうちにまた 『 センゴク外伝・桶狭間戦記 』 を読み返す気がしなくもないです(^^;)
と言いつつすでに、私の傍らには 『 センゴク外伝・桶狭間戦記 』 全巻がすでにスタンバイされている状況であります(^^;)

う〜〜〜〜ん、良いですね(^^)
毛利新助さん、良い☆
戦国ロマン、失うことなかれ☆



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



★ ★ ★ ★

ブログ移転しましたぁ〜( ´ ▽ ` )ノ
↓ ↓ ↓ ↓
戦国クリエーター・jamiの
『 甲冑ファッションコーディネート 』
http://jaminism.hatenablog.com/entry/2018/01/18/000000

新ブログにて自作甲冑載せてます♪( ´▽`)
IMG_3463.jpg
IMG_3464.jpg
IMG_3470.jpg
IMG_3473.jpg
甲冑はじめました(*゜▽゜*)(冷やし中華はじめました的なや〜〜つ)


posted by jami at 17:22| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦場で兵士たちが食べている飯がなぜか美味しそうに見える件(((o(*゜▽゜*)o)))

IMG_6442.jpg
新ブログはコチラ
↓ ↓ ↓ ↓
戦国クリエーター・jamiの
『 甲冑ファッションコーディネート 』
http://jaminism.hatenablog.com/entry/2018/01/18/000000
___________________


は〜〜〜い!
ど〜〜もぉっ☆
jamiでございますぅ〜〜( ´ ▽ ` )ノ
戦国好きのjamiでございますぅ〜〜( ´ ▽ ` )ノ
好きではありますが詳しくはございませんjamiでございますぅ〜〜( ´ ▽ ` )ノ

玄人様の御目汚しとなるやも知れませぬが、何卒宜しくお願いいたします!!!
自己満であります!
これ自己満ブログであります!!
あらかじめ謝っておきます〜〜〜!!!m(_ _)m



と、いうワケでですね、今回のブログタイトルは、

『 戦場で兵士たちが食べている飯がなぜか美味しそうに見える件(((o(*゜▽゜*)o))) 』

となっております。

って長〜〜〜いっ!Σ(゜д゜lll)

はい。ゴメンナサイ。
でもホントにそう思うのだから、そのまま書かせてくださいな。

最近ふと思い出したことがございます。
皆様もご存じかと思いますが、ジブリのアニメーション作品の 「 もののけ姫 」 ってありますよね。
あれのワンシーンで、食事のシーンがありまして、そこで登場人物がこう言うんですよ。


「 なんとも 白湯(さゆ)みたいな飯だな。」


そのセリフを聞いて私の友人が、「 あの飯が美味そうに見える 」 と言っていたのを思い出しました。

・・・・・。

はい。ただそれだけなんですけどね(^^;)
それだけなんですけど、それから自分も時々映画などの映像作品を観ていて、戦場で兵士たちが食べている飯がなぜか美味しそうに見えることがあるんですよ。
あ、もののけ姫の上記のシーンは戦場ではないんですけどね(^^;)

ローマ軍兵士が野外で炊事してまして、それがなんとも美味しそう・・・
雑炊のような、スープのようなものを作っておりました。
ロード・オブ・ザ・リング でもありましたね、そんなシーン。
確か、スープに魚を入れて煮込んでたような気がします。
それがこれまた美味しそうで美味しそうで・・・



そしてふと、日本でもそうゆうのあるはずだよなぁと思いました。
確か兵糧丸だったり、乾飯(ほしいい)だったり、植物の茎(?)に味噌を染み込ませて体に巻いて携帯したりってのがあったはず。
と、考えていたら、気がついたら検索を開始しておりました(^^;)


はい。ありましたありました(^^)
「 陣中食 」 って言うらしいですね。
まさに読んで字の如く。


以前にも見たことはあったのですが、兵糧丸の作り方が載ってるページを発見!
今やネットで普通に兵糧丸のレシピが見れる時代なんですね。
ご利用する機会がないことを祈ります(^^;)
食べてみたい気はしますけどね。


乾飯もすぐに発見。
米を蒸して乾燥したものなんですね。
湯や水にひたすか、もしくはそのまま食べたようですが、そのまま食べたら硬いんでしょうかね。
ご飯が乾いてカピカピになった奴とは違うんですかね?(^^;)
私はそれをずっと乾飯だと思っていたのですが・・・


植物の茎(?)に味噌を染み込ませて体に巻いて携帯したりする奴も発見!(長いなオイ!(´・_・`))
芋茎(ずいき)って言うんですね。
以下、賢者Wikipedia様から転載
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 


************************************

『 芋がら縄 』


芋がら縄(いもがらなわ)は、鎌倉時代から戦国時代末期にかけての野戦食(レーション)のひとつ。
芋の茎(芋茎、芋がら)を帯のように長く編み、味噌で煮しめて作る。
芋がらも味噌も食材であるため、これ単体でも携帯食として運用が可能となる。

通常時は、荷物として兵士が腰に巻きつけて所持する。
実際に喫食する場合、兵士はこれを必要な長さ分、ちぎって鍋(多くは逆さまに吊るした陣笠であったという)へ投入する。

その後、鍋に水をたっぷり入れ、下から火で加熱する。
これにより染み込んでいた味噌がとけ出し、煮込まれることで芋がらもやわらかくなり、味噌汁が完成する。
現代でも芋茎は味噌汁の具として用いられ、納豆汁に芋がらを入れることもある。

************************************


以上、転載終わり。


・・・あぁ、なんだか食べたくなってきました(^^;)



本日もこのブログを読んでくださり、誠にありがとうございます(^^)

ではまた〜



★ ★ ★ ★

ブログ移転しましたぁ〜( ´ ▽ ` )ノ
↓ ↓ ↓ ↓
戦国クリエーター・jamiの
『 甲冑ファッションコーディネート 』
http://jaminism.hatenablog.com/entry/2018/01/18/000000

新ブログにて自作甲冑載せてます♪( ´▽`)
IMG_3463.jpg
IMG_3464.jpg
IMG_3470.jpg
IMG_3473.jpg
甲冑はじめました(*゜▽゜*)(冷やし中華はじめました的なや〜〜つ)
posted by jami at 10:42| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

戦国武将紹介・その33 〜島清興〜

IMG_6442.jpg
新ブログはコチラ
↓ ↓ ↓ ↓
戦国クリエーター・jamiの
『 甲冑ファッションコーディネート 』
http://jaminism.hatenablog.com/entry/2018/01/18/000000
___________________


は〜〜〜い!
どうも!
どうもです!!

jamiです(^^)
戦国武将大好きなjamiであります(^^)
好きなくせしてそんなに詳しくないjamiであります!( ;´Д`)

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます☆
当ブログは自己満仕様となっております。
何も得るものがないとは思いますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!


さてさて

本日もいきましょう、あのコーナー!!
jami的戦国武将紹介ぃ〜〜〜!!!
魅力的な戦国武将の方々を、jami的視点で書いていきます。

そしてそして!
jami的能力値判定なるものを設け、誠に勝手ながら、【武力】【知力】【魅力】の数値をつけさせていただきました。
これも、かなり!かな〜〜〜〜り!!個人的見解ですので、「ふ〜〜〜〜ん、あそ(´・_・`)」ってな感じで、大きな心で見てやってくだされば幸いです(^^;)
まぁ、お気軽に読んでやってくださいな( ´ ▽ ` )ノ

本日はこの方ぁ!!!



島清興。


jami的能力値判定
【武力】 4 ★★★★
【知力】 4 ★★★★
【魅力】 4 ★★★★

はい。島清興(しまきよおき)さんです。
島左近と言った方が分かりやすいですね。
私も初めて島清興と名を聞いた時、 「どちら様?」 と思いました(^^;)
というワケで、このブログでも以降、左近さんと呼ばせていただきます(^^)

関ヶ原の戦いにて西軍につき善戦した、知勇兼備の名将ですね。
残念ながらこの戦にて討ち死にしたとされております。
が、その後左近さんの遺体は見つからなかったとのこと。

そこから話を膨らませた漫画があります。

原哲夫先生の、『 SAKON(左近) -戦国風雲録- 』(さこん せんごくふううんろく)であります。
実は私が島左近さんの存在を知ったのは、この漫画からであります(^^;)
戦国武将のファンになる、かなり以前のことです。

『 SAKON 』 の単行本を一気に読み、武将ファンとしての芽生えの一助になった可能性があります。
もちろん書かれている内容は、定説ではすでに死亡しているはずの島左近の活躍ですから、フィクション丸出しだったのですが、これが実に面白い!(^^)
影武者・徳川家康との共闘。次々と襲いかかってくる柳生、そして羅刹七人衆。
仲間となる風魔忍者たち・・・


いやぁ〜〜、なんだか熱くなってきました(^^;)
再び読みたくなってきました(^^;)
ってワケで今、改めて読んでおります(^^;)

最近、わりとこういったフィクションものを読んでいなかったので面白いです。
私の傾向としまして、ゲームや漫画から入り、次に、 「では、実際はどうであったのか?」 が気になり調べだし、関連作品をあさり出すというパターンがあります。
そこでまた、久しぶりにフィクションものに触れるのも楽しいもんですね(^^)



さてさて

上記にもあります通り、関ヶ原にて左近さんの遺体は見つからなかったことにより、本当は生きていたという説があるのですが、実はなかなかに現実味があるようです。
以下、賢者Wikipedia様から転載
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 


************************************

関ヶ原の戦いを脱して落ち延び、京都に潜伏し寛永9年(1632年)に没したとする説もある(石田軍記、古今武家衰退記、関ヶ原御合戦当日記、新対馬島誌、関ヶ原町史等)。

左近の遺体は、関ヶ原の合戦で戦死した大谷吉継の首級と共に見つかっていない。

さらには合戦後に京都で左近を目撃したと称する者が相次いだという。

京都市の立本寺には島清興の墓があり、また位牌や過去帳も塔頭に残され、寛永9年6月26日没などと記されていることなどから、関ヶ原の戦い後、逃れてこの寺の僧として、32年後に死去したとされている点がその根拠となっている。

また天竜市山王に島家の後裔が在住している。

二十三代目の島茂雄によれば、島清興は島金八と名を変えて百姓に変装し、春になると自身の部下を集めて桜の下で酒宴を催したという。

また居住地を「おさか」と呼んだといわれており、これは大坂のことと推察されている。

隆慶一郎はこの地を訪問して島茂雄から話を聞き、小説「影武者徳川家康」の題材とした。

************************************


以上、転載終わり。
ロマンを感じますね(^^)
戦国ロマンであります(^^)

結構ありますね、「 定説では○○の戦いにて死亡したことになっているが、実は生き延びていた。」 って話(^^)
嬉しい限りです☆
・・・あ、不謹慎ですかね、人の生死に関して 『 ロマン 』 とか言っちゃったりして。
でも、胸が躍るのです。


最後に・・・

『 しまさこにゃん 』 なるマスコットキャラクターがいらっしゃったんですね(^^;)

知りませんでした(^^;)



本日もこのブログを読んでくださり、ありがとうございました(^^)

ではまた〜



★ ★ ★ ★

ブログ移転しましたぁ〜( ´ ▽ ` )ノ
↓ ↓ ↓ ↓
戦国クリエーター・jamiの
『 甲冑ファッションコーディネート 』
http://jaminism.hatenablog.com/entry/2018/01/18/000000

新ブログにて自作甲冑載せてます♪( ´▽`)
IMG_3463.jpg
IMG_3464.jpg
IMG_3470.jpg
IMG_3473.jpg
甲冑はじめました(*゜▽゜*)(冷やし中華はじめました的なや〜〜つ)
posted by jami at 20:14| Comment(0) | 日本の戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。